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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)837号 判決 1957年12月03日

原告 川部文子

被告 国

訴訟代理人 星智孝 外一名

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする

事実

原告は、

(一)  被告は原告に対して、金九百六十七万四千五百四円及びこれに対する昭和三十一年六月二十一日以降完済に至るまで年五分の利息を支払うことを要する。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として

(一)  原告は昭和二十一年二月二十六日訴外泉キヱから(イ)松戸市松戸千九百七十六番地所在家屋番号大字松戸甲一四二号木造瓦葺平家建居宅一棟建坪十二坪二合五勺(ロ)同所々在家屋番号甲一四一号の一木造瓦葺平家建居宅一棟建坪十四坪二合五勺の内西側三畳二室、七畳半一室、勝手台所の部分を賃借し、爾来同所において特殊飲食店を経営していた。

(二)  ところが前記訴外泉キヱは、昭和二十四年十月五日原告外訴外二名を被告として、千葉地方裁判所松戸支部に前記(イ)(ロ)の家屋について明渡請求の訴訟(同庁昭和二十四年(ワ)第一〇号)を提起し、昭和二十五年十月二十四日右裁判所において、原告等は右訴外人に対して右家屋を明渡すべき旨並びに右につき仮執行の宣言が附せられた判決が言渡され、右訴外人の委任を受けた千葉地方裁判所所属執行吏関草吉は、未だ原告に対して前記判決正本が送達されていないことを知りながら、同月二十六日年後二時右仮執行宣言附の判決に基き前記(イ)(ロ)の家屋明渡しの強制執行に着手し、同日これを完了した。

(三)  しかしながら右強制執行は、国の公権力を行使する公務員である執行吏が、その職務を行使するにあたり故意に民事訴訟法第五百二十八条第一項に違反する違法行為をなしたものであるから、前記執行吏訴外関英吉の右執行に基き原告が蒙つた損害は、国家賠償法第一条によつて被告国が賠償すべきである。

(四)  しかして原告は、右執行がなされなかつたならば、前記(イ)(ロ)の家屋における特殊飲食店の経営によつて右執行日以降昭和三十年末までの間に総額金九百六十万四千八百二十四円の営業利益を得べきであつたのに右執行によつてこれを失い、又右執行に際して前記執行吏の補助者数名によつて前記(イ)(ロ)の家屋内にあつた原告所有の什器家具その価格合計金四万二千九百円が毀損され、更に庭に植栽されていた原告所有の植木その価格合計金二万六千七百八十円が抜根枯死せしめられ、右執行によつて以上総計金九百六十七万四千五百四円の損害を蒙つた。

(五)  よつて原告は被告国に対して、前記損害額合計金九百六十七万四千五百四円及びこれに対する前記違法行為のなされた日の以後である昭和三十一年六月二十一日から右完済に至るまで年五分の利息の支払いを求める。

と述べた。

被告は主文同旨の判決を求め、答弁として

(一)  原告が訴外泉キヱより主張の家屋を賃借し特殊歓食店を営業していたこと、右訴外人が原告其他を被告として家屋明渡訴訟を提起し、原告主張の日時判決言渡があつたことは不知。

(二)  千葉地方裁判所所属執行吏関英吉が、原告主張の判決に基き、主張の日時、主張の家屋につき、原告に対する判決正本送達前に明渡の強制執行をしたことは認める。

(三)  前記執行吏関英吉が、本件執行にあたり未だ原告に対して判決正本が送達されていないことを知つていたとの点は否認する。同執行吏は本件強制執行の受任にあたり、右訴外泉キヱより判決正本は既に原告に対し送達済みであり送達証明書を追完する旨を聞いたので、これを信用して本件執行をしたものである。

(四)  本件判決正本は本件執行の翌日である昭和二十五年十月二十七日原告に送達され、右送達によつて本件執行の瑕疵は遡つて治癒されたものと解せられるから、本件執行は適法であつて原告の請求は理由がない。

(五)  本件執行の際、執行吏の補助者によつて主張の什器家具が毀損せられ又主張の植木が抜根枯死せしめられたことは否認する。原告主張の損害額はこれを争う。仮りに原告主張の如き損害が生じたとするも、本件執行当時原告に対する執行力ある債務名義は存し執行停止決定その他執行を妨ぐべき事由はなかつたのであるから、原告は当時本件家屋明渡の強制執行を受くべき立場にあつたものである。

従つて原告主張の損害は、原告に債務名義を送達しないで執行したことによつて生じたものではないから、原告の請求は失当である。と述べ

(六)  仮りに被告が原告に対して損害賠償債務を負担すべきものとしても、原告は本件執行終了の当日(昭和二十五年十月二十六日)加害者及び損害を知つていたものであるから、右債務はその翌日より起算し三年を経過した昭和二十八年十月二十六日時効によつて消滅したものである。と述べ、

原告は、被告の右抗弁に対し

(一)  原告が主張の日時判決正本の送達を受けたことは認める。

(二)  本件損害賠償請求権の短期消滅時効は、原告において加害者が国家公務員であり且つ賠償義務者が国であることを知つた昭和三十年一月三十日より起算すべきものと解するから、右時効は完成していない。と述べた。

立証<省略>

理由

一、仍つて先づ原告の本訴請求権の成否は暫く措き、時効の抗弁について按ずるに、国家賠償法に基く国又は公共団体に対する損害賠償請求権の消滅時効は同法第四条の規定により民法第七百二十四条が適用せられるから、被害者の国又は公共団体に対する損害賠償請求権は被害者が損害及び加害者を知つたときから三年間これを行わないときは短期消滅時効によつて消滅するものと解すべきところ、本件において被害者である原告が損害及び加害者である執行吏関英吉を知つたのは本件強制執行当日すなわち昭和二十五年十月二十六日であつたことは、原告の主張自体によつて明かであるばかりでなく、成立に争いない甲第一号証に徴しても右事実を認むるに充分である。従つて、原告は右日時以降損害賠償請求権を行使し得るのであるから、右請求権は被告主張の如く昭和二十五年十月二十七日より起算し三年を経過した昭和二十八年十月二十六日の満了と共に時効により消滅したものといわなければならない。

原告は本件損害賠償請求権の短期消滅時効は、原告において加害者たる執行吏関英吉が国家公務員であり且つ賠償義務者が国であることを知つた昭和三十一年一月三十日より起算すべきものであると主張するが、不法行為に基く損害賠償請求権の消滅時効における加害者を知るとは、被害者が訴提起に必要な要件事実(本件においては加害者が執行吏である事)を知れば必ずしも賠償義務者を規定する法律で具体的に知るを要しないと解すべきである。(此の点は本件と民法第七百十五条による被用者の加害行為に対する使用者の賠償義務の場合とその要件を異にする。)。蓋し、権利は右の時より有効に行使し得るからである。

依つて、被告の時効の抗弁は理由があり、原告の本訴請求は、この点において失当として排斥するに足りる。

二、訴訟費用負担の裁判は民事訴訟法第八十九条による。

(裁判官 安武東一郎 鳥羽久五郎 柴田久男)

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